【第三部:技術編】アルミ熱処理製品  昭和五十二年〜

2017年07月13日

 アルミホイールは強度が必要なのは当然のことで、そのため鋳造後には熱処理する必要があった。

 

 昭和五十二年(一九七七)から繊維機械の糸巻に、直径三百ミリから大きいもので直径千ミリに至るまでのフランジを鋳造、そのうちよく出る直径七百五十ミリまでのものは金型鋳造していた。これもホイール同様、熱処理が必要なのだが、当時、石川県内に処理できる設備がなかったため、自家用二トントラックにフランジを満載して名古屋の熱処理工場へ運んでいた。熱処理が終了するまで二十四時間待たないといけないため、時間とコストが非常にかかった。金沢市内にある北陸鉄工協同組合の鉄専門の焼入れ炉を利用することも考えたが、同所にアルミの熱処理については当然実績はなかった。

 

 そこで、アルミ熱処理のマニュアルを探し出して同組合に提供し、小さい炉ながらアルミの熱処理が石川県内でもできるようになった。以後、組合内にアルミ熱処理専用の炉を増設したので名古屋まで熱処理に持っていく必要がなくなった。それ以前には、小松製作所の大型エンジンのミッションケースを同社下請けの熱処理工場で加工していたが、温度を上げすぎて溶かしてしまった失敗もあった。

 

 アルミの熱処理の需要が増すにつれ、鉄の熱処理を行っていた企業にもアルミ事業に進出したいとの申し入れがあり、石川県、富山県に一社ずつアルミ熱処理企業ができた。そのため、北陸鉄工協同組合の熱処理工場は閉鎖されることになった。

 

 金型鋳造品の強度、正確な寸法精度、品質の安定度など、砂型鋳造品に比べて良い点がお客様に認められ、金型鋳造品の需要が増えていった。昭和六十二年には金型鋳造専用に工場を増築し、生産量の拡大に備えた。

 

 砂型鋳造品に比べて寸法精度の良い点を強調するために、従来キリで開けていた穴を鋳抜きに、切削加工をしていた面を加工なしにして、コストダウンすることを多くの客先に提案、実施し、さらなる需要喚起につなげ、信用も得ることができた。