2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】金沢城軒先瓦  平成十二年

 平成十二年(二〇〇〇)、金沢城五十間長屋、菱櫓(ひしやぐら)などの復元工事にあたり、当社は石川県金属屋根板金協同組合より巴瓦(ともえがわら)制作の協力依頼を受けて金沢城の大きな特徴である鉛瓦を作ることになった。屋根平面…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】雪止屋根瓦  昭和六十年

 鋳造マニュアルによればAC7A(マグネシウム5%入りアルミ)で金型鋳造は困難とされている。しかし、北陸の重い雪が積もる屋根に、割れやすい土の焼き瓦の代わりに何とか耐蝕性のよいAC7Aで金型鋳造できないかとトライしてみた…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】アルミ製ボーリングピン  昭和六十年

 昭和六十年(一九八五)、ボーリング場の経営者からアルミのボーリングピンができないかと相談があった。高校野球で使っている金属バットの快音がボーリング場に響くと心地よさそうだし、木製のピンでは割れたり、折れたりして長持ちし…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】メーカーの設計段階から関与  昭和六十年

 カコウソクフタ(大型ディーゼルエンジンのクランクケースの覗き窓)については、顧客に提案して、平面削り、オイルシール溝の加工、ボルト穴加工を省き、要求される性能、精度を満たして大幅コストダウンを達成した。平成十五年(二〇…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】アルミ熱処理製品  昭和五十二年〜

 アルミホイールは強度が必要なのは当然のことで、そのため鋳造後には熱処理する必要があった。    昭和五十二年(一九七七)から繊維機械の糸巻に、直径三百ミリから大きいもので直径千ミリに至るまでのフランジを鋳造、…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】鋳造アルミホイール  昭和五十七年

 昭和五十七年(一九八二)、自動車が各家庭に普及し、車のファッション化が始まっていた。ちょうどアルミホイールが出始めたころで、高岡市の商社から当社にもホイールの製作依頼があった。車にとって非常に重要な保安部品であり、当時…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】自前の型設計  昭和四十三年〜

 砂型鋳造で量産する場合、モールディングマシンを使って半自動的、全自動的に造型するのだが、砂を入れる枠の大きさが限定されるため、枠に入らない大きさのものは手込めに頼るほかない。すると造型に時間がかかり、品質も安定しない。…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】縦型鋳造機  昭和四十三年

 一方、金型鋳造機は型を水冷するダイカストの機械を模倣した形であるのに、 ①流し込み鋳造で型の温度が四百度にもなり型と機械との温度差が大きい、②機械と型の間に無理が生じて動きが悪い、③型の機械への取り付け・メンテナンス時…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】失敗は成功のもと  昭和四十〜五十年代

 失敗のもとを探し、そのもとをつぶしてステップアップし成功につなぐ。言葉で言うのは簡単だが、手にまめを作り、高温の型に触ってやけどし、頭から流れ落ちる汗が型の上でジュッと蒸発するのを見ながらでも、とにかくモノを作る。そん…

2017年07月13日 オカダ合金ヒストリー

【第三部:技術編】技術と製品でたどる半世紀 【取締役相談役 石丸 義雄】

金型鋳造へのチャレンジ 昭和四十二年    「不自由を常と思えば不足なし」徳川家康の訓ではないけれど、不自由が当たり前とするか、何とか少しでも良い方へ向かうか、この訓から二つのことが読み取れる——  …