【第一部:開拓編】先見性とチャレンジ精神で拓いた三十年【取締役会長 岡田 欣一】

2017年03月21日

 脱サラを決意

 

 長男が身体障害児という事情からわが家の方向転換が始まった。

 

 それまでは、どちらかというと平穏な夫婦共稼ぎのサラリーマン家庭だった。当時、私は銀行員、妻は専売公社に勤務。しかし、障害児を持つ親として、自分たちがいなくなった後のことを考えると、長男自身もさることながら、将来この子の面倒を見ていかねばならない姉弟たちの将来を考えるのは親として当然の責任だと思い、昭和三十七年(一九六二)四月に脱サラを決意、鋳物業を私たち夫婦と職人一人、計三人でスタートした。